この冬は暖冬だったようで、雪にまつわるレジャーや観光にはなかなかに厳しかったらしく。
それでも時々は冬らしい寒風も吹きすさび、
街の雑踏を行き交う人々が肩や背中をすくませて、
軍靴の如く素っ気ない靴音響かせ、さっさか急ぐ光景が朝の定番な先進の街ではあって。
そんな往来を窓の外に見下ろしながら、
「3月を前にして布団から出づらい気温になるなんて、何ともひねくれた気候なものだね。」
柔らかそうな癖のある髪を温めるように、陽当たりのいい窓辺近くに椅子ごと移動し、
窓の桟へ腕を載せ、それを枕に二度寝を決め込もうというよな態勢になった太宰嬢。
淑やかな態度でおれば、モデルのような均整の取れた長身やら鄙には稀な美貌やらが いや映えるほど
それは知性的で品よく、だというに蠱惑の甘蜜という色香がしっとりと滲んだ、
誰もが視線を奪われよう、雰囲気のある美姫で通るのに。
そういった態をまるきり構えぬ今は、さながら 冬眠のさなかのクマのような様相で。
当然、そんなだらけた様子を看過してもらえるような職場ではなく
…というか、毎度そんな彼女を叱咤するのも仕事の内のよな お立場か、
銀縁のインテリ風 眼鏡を指先でくくいと持ち上げた国木田女史が
「くぉらっ、何をだらけ切っとるか、太宰っ。
雑煮の餅のような様でだらだらしおって、職場の空気を濁すな!」
手厳しいミッションスクールの風紀委員のように鋭い怒号を浴びせるものの、
浴びた側はさして堪えてはない様子。
だらんと緩み切ったまま、それでも一応は顔をそちらへ向けてから、
「そうは言うけど国木田くん。私、昨夜は結構働いたんだよ?
あちこちの交番に辻斬りに遭いましたってゆー被害者が駆け込みまくったからってさぁ、
それへの聞き込みやら何やに寝ているところを叩き起こされて駆り出されたのへ、
ちゃんと奔走したし、あちこちの現場も一通り浚ったんだしさ。」
そもそもそんな段階の初動捜査は市警や軍警の屯所の仕事だと思うのだよね。
まだ依頼されるかどうかも分からないのに民間の事務所が手を付けていいのかなぁ、なんて。
さも尤もらしい言いようをする長身白皙、それは聡明な…ただし現在は餅もどき状態の才女の見解へ、
「…う。」
一応筋は通っているので、国木田女史も言葉に詰まってしまわれる。
彼らの属す武装探偵社は、世間には軍警の捜査協力もする組織ですとその名が通っており、
なので、社員証を見せればある程度は聞き込みの免責札みたいな効果も発揮するけれど。
厳密には…というか、公式に傘下組織というわけではない民間の事務所なので、
無理強いには拒否権もあろうし、何より一般市民の皆様への様々な強制力まではない級の立場。
だってのに何かというと出動の声がかかるのっておかしくないかいと言いたいのらしく。
「退社後だったのに、いきなり招集が掛かってサービス残業までやらされるなんて、
そこまでブラックな職場になっちゃったのかねぇ。」
「ぐぬぬ…。」
複雑に入り組んでるような大きい案件に取り掛かっているとかいうなら
全員でもって不眠不休の作戦展開にもなろうし、そうなる事情も判るけど、
昨夜のははっきり言って人手が足らぬと声がかかったって手合いだろう?
そりゃあ、いきなり切りかかられたなんて物騒な騒ぎだ、
早急に手を付けねば危険だってところでの
荒事はお任せな私たちへのお声掛けなんだろうけどさぁ…などなどと。
せっかくの美貌だのに頬を桟に押し付けてひしゃげさせつつ、
お念仏みたいに言いつのるお姉さまであり。
言ってることは一応筋も通っているものだから、
態度のグダグダなところにムカムカしつつも攻撃の矛先は納めた国木田さんなようで、
ふんと強く息をつきつつも自分のデスクへ向かい、書類の仕上げに取り掛かり始める。
怒号と厭味の応酬というと微妙に険悪に聞こえるかもしれないが、こんなやり取りはもはや日常茶飯事で、
他の顔ぶれもやれやれと胸を撫でおろしたり、しょうがないねぇと苦笑したり、
常の平穏な雰囲気に戻ってしまったが、
「…太宰さん。」
相変わらず日向ぼっこ態勢なままの姉様へ、
別の人物がそそそッと近づいて、こそりと小さく声を掛けた。
先程そりゃあ威勢よく一喝した女史と打って変わって、こちらはまだまだ新米扱いの幼めな少女で、
日之本には珍しい白銀の髪を日向の明るさの中に光らせつつ、
椅子と窓の桟の間へ上背を差しかけるような格好で ぐでりとしな垂れている先輩社員へ囁きかけており。
「ん〜? どうかしたかい、敦くん。」
内緒話にしたいか、やや声を抑えて来たのへ調子を合わせ、
こちらからもトーンを落とした、ついでにいかにも眠そうなお声で応対すれば。
話しかけてきたはいいがまだちょっと迷いでもあるものか、
えっとぉと戸惑うように視線をあちこちへ泳がせていたけれど、
口ごもりつつ、それでもエイと口を開いて、
「…あのですね。
のすけちゃんの様子、変じゃないですか?」
「……え?」
「ってゆうか。最近 のすけちゃんと会ってますか?」
to be continued.(20.02.28.〜)
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*間が空いた上に、お嬢さん篇のお話です。
しかも相変わらず勿体ぶった始まり方で申し訳ありません。
芥川くんのお誕生日が近いのは判ってたのですが、
ちょっと身辺でとんでもなくドタバタしておりまして。
ネタだけ状態でいたのをやっと書き始められたのが此処まで切羽詰まってました。
抱えてるうちに枝葉ばっかり茂り倒した代物で、
きっと早くてもホワイトデーまでかかるんじゃないかと思われます。とほほ。

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